
通訳者に求められる「リスキリング」とは?
UPDATE
8分

CONTENTS
通訳者にとって、なぜリスキリングが必要なの?
―まずは、Tさんのご経歴について簡単に教えてください。
Tさん:私はアメリカで生まれ育ち、アメリカの大学を卒業後にアメリカや日本の企業で働いたあと、独立してフリーランスの通訳になりました。日本での経歴は英語を使った事務職からスタートし、日本の大学でアカデミック・ライティングを教えたり、企業での英語講師を務めた時期もあります。徐々に通訳業務の割合が高い企業でのお仕事につくようになり、インハウス通訳者を経て、6年前に完全にフリーランス通訳者として独立しました。特に業界や分野を決めず、お声がけいただいだ案件を条件があえば受託するスタイルで、会議や商談など様々な場面で通訳を務めさせていただいています。コロナ禍ではオンライン通訳も多かったですが、最近はまたリアル(対面)での案件が増えてきています。
―あえて業界を絞っていないのですね?
Tさん:そうです。もちろん、通訳の方によってはご自身の専門分野を持ってやっているケースもあります。例えば、私の知人でも医学系の通訳に特化して成功している方もいますが、私は仕事の幅に広がりが持てると思い、あえて絞らずにお引き受けすることにしています。業界ならではの専門用語やトピックスがあるので大変ではありますが、毎回、新しい学びがあって楽しいですし、やりがいも大きいです。
―長年、通訳の仕事をするにあたって、リスキリングはされていますか?
Tさん:もちろんです!もはや、毎日がリスキリングの連続といっても過言ではありません。というのも、業界を絞っていてもいなくても、日々情報が更新されていくため、私たち通訳の学びに終わりはないからです。どんなに勉強しても、知らない単語がなくなることはありませんし、会議や商談中に話題になりそうなニュースも日々更新されます。新製品や新サービスも次々に生まれ、技術は日進月歩、トレンドもめまぐるしく変化します。さらに、最近はビジネスのグローバル化が加速していることから、英語が母国語ではない方の英語を訳す機会が増えてきており、その独特の訛りやイントネーションを聞き取るスキルも求められるようになっています。それらに日英両方の言語で対応するには、大げさでなく、毎日のリスキリングが欠かせません。
具体的に、どんなリスキリングをすればいい?
―リスキリングにどんな姿勢で取り組んでいますか?
Tさん:先ほども申し上げたとおり、私たち通訳には膨大な情報が必要です。そのため、常にニュースで見て気になったことや、通訳を依頼されることが多い領域(医学やAIなど)の情報を見かけたら、すぐに読んだり調べたりして、基本的な知識は身に付けるようにしておきます。大切なのは個人的な興味に左右されないこと。自分に興味がないからと言って目をそらないことが大切です。先日も偶然、人工衛星についての話題をニュースで読んでいたら、しばらく後に、通訳の現場でその人工衛星が話題になったことがあって、とても助かった経験がありました。ある単語を聞いて、それが人工衛星のことだ!とわかるのと、わからないのとでは、文脈の理解が全く異なってきますから、どんなに興味がなくてもシャットアウトすることなく、いろいろな情報を仕入れておくことの大切さを実感しました。
―英語学習については、どんなリスキリングをしていますか?
Tさん:私はアメリカで生まれ育ったネイティブの英語スピーカーなので、むしろ日本語の習得に苦労した経験があります。その経験をもとに申し上げると、外国語に関するリスキリングはある日突然始めるものではなく、毎日少しずつ継続して行うべきものだということです。10年間もずっと英語の勉強をしていなかった人がリスキリングしても、10年分の空白を埋めるのは非常に難しいもの。毎日、英語を聞くこと・読むことを習慣にすれば、それが最高のリスキリングとなるはずです。具体的な方法として、万人に共通する「正解」はありませんし、特定のテキストやツールもありません。今は書籍だけでなくて音声コンテンツや動画など、あらゆる教材がオンラインで無料かつ手軽に手に入る時代ですから、試行錯誤しながら自分に最適な方法やテキストやツールを見つけていくと良いのではないでしょうか。私は日本語を学習する際には、動画や音声メディアを聞きながらシャドーイングをして効果がありましたし、今も、日本語のリスニング力を維持・向上させるためにほぼ毎日、意識してシャドーイングをしています。シャドーイングをする内容については、やはりある程度内容を理解できるものがおすすめ。自分の語学力よりも難しすぎるものを選んでしまうと、単なる「音」として耳を通り過ぎてしまい、身に付かないからです。
また、機械翻訳と自分の訳を比較することも有用です。AIのスクリプティングがかなり上手になってきていますし、通訳者よりも聞けていることもあると思います。単語だけでなく、自分の文章構成とAIの文章構成を比べることも重要です。私は文全体としてわかりやすくするためにどうしたら良いかを比べています。アシスタントが増えたと思って上手く扱うと良いと思います。別の通訳者との訳し方の違いを比べながら、表現を学ぶことも大切です。例えば、アメリカ英語は口語表現が信じられないくらい多く、ネイティブなら伝わるけれどそうじゃない人には伝わらないこともあります。誰に向けて伝えるかを意識して、表現を選択することが重要です。
―他に気を付けていることはありますか?
Tさん:これも広い意味でのリスキリングだと思うのですが、通訳に使うツール(イヤホンマイクやパソコンなど)は定期的に見直して、必要に応じて刷新するようにしています。例えば、オンライン会議でよく使うイヤホンマイクは年々性能が高くなってきて、随時良い製品が出てきているので、いつもチェックしていますね。音質によって通訳の精度や速度に少なからず影響があるので、ベストなものを使うための努力と投資は惜しみません。オンライン会議で使うマイクやカメラもPCに内蔵されているものよりも、自分で気に入ったものを外付けしたほうがいいと思います。もちろん新しいツールを使うにはそのツールの使い方を覚えなくてはならないので「面倒だ」と思う方も多いと思いますが、より良いパフォーマンスを発揮するための効果的な投資になると思うので、ぜひ躊躇せずにツールも随時見直してみてください。
―今までのご経験からおすすめのツールはありますか?
Tさん:イヤホンでは、JabraのBlueParrottですね。同時通訳の副回線として英語回線の際に聞くことがメインではなく話しっぱなしのときに、Bluetoothを繋ぎ片耳で対応できるのですごく良いです。例えば、プレゼンの際に日本語で話されたものを全て英語にするときなどに使います。アメリカではトラックドライバーがよく電話機能として使っていますね。アメリカのハイウェイは風切り音もすごいのですが、ノイズキャンセリングが優れているため、周囲の騒音を低減できます。私がテレワーク作業していても、17時のチャイムや家族の声もノイズキャンセリングが良いものを使うことでスムーズに仕事が進められます。日本でも購入できて私はネットで買いました。
―こういったツールはどうやって見つけているのですか?
Tさん:試行錯誤しながらですね。試した中には、聞こえるけれどノイズがあるなど、もちろんダメなものもありました。先程もお伝えしたように良いパフォーマンスを引き出すための投資としてそれぞれ自分に合ったものを見つければいいと思います。同時通訳機能のツールとしては一番使われているのがZoomで、他にはマイクロソフトのTeamsとCiscoの Webexがあります。Zoomもしくは同時に2回線を聞きながら使用することが多いです。いずれにしても自分では選べないので、お客様からの指定ツールは何でも対応できるようにしたほうがいいでしょう。わからなければお客様に直接聞いたり、YouTubeで調べたりするといいと思います。ツールが制限されることで仕事の幅が狭まるのはよくないですからね。もちろんツールだけではなく、ネットワークを整えておくことも大切なことです。通訳者側のネットワーク不調は、絶対許されないので、オンライン通訳の際は有線LANを使用しています。このようにITリテラシーを高めることも、リスキリングの一つになっていくと思います。
リスキリングのモチベーションを保つには?
―情報収集にも英語学習にも、そしてツールについてもリスキリングを常時されているということですね。第一線で通訳として働きながら、前向きにリスキリングに取り組むのは大変だと思うのですが、モチベーションはどのように維持しているのですか?
Tさん:当たり前すぎる回答かもしれませんが、心身の健康を一番大切にしています。体が健康で精神的に安定していないと、もっと成長したい・もっと良い通訳になりたいという前向きな気持ちになれないからです。健康に良い食事をして、体のコンディションを整えておくこと。そして、仕事の合間にリラックスできる時間をとったり、趣味の活動を楽しんだり......、具体的な方法は人によって異なると思いますが、ストレスを溜めないようにすることも大切だと思います。自分で自分の心身の声に耳を傾けて必要なケアをしてあげる。それも、自分にしかできないリスキリングの一つだと思います。かくいう私もまだまだ成長の途中。もっと良い通訳サービスを提供できるように、これからもリスキリングを継続していきたいと思っています。
まとめ
社会情勢がめまぐるしく変化する中、通訳に必要な知識や情報は増え続けている。特に最近はビジネスのグローバル化の加速に伴って、英語が母国語ではない人たちの英語を訳さねばならないシーンが増えている。独特のイントネーションや訛りのある英語を聞き取る能力も身に付ける必要がある。
通訳にとってリスキリングは「ある日突然始めるもの」ではなく、「日々続けるべきもの」。情報収集も英語学習も毎日継続して行うことが大切である。情報収集に関しては、いつ・どんな話題を扱うことになるかわからないため、食わず嫌いをせず、どんな業界・領域の情報にも興味・関心を持つようにしたほうが良い。
英語の学習方法や教材については、万人に共通する「正解」はない。今はオンライン上で無料の学習ツールや動画メディアなども多数利用できるので、試行錯誤して自分に最適なものを探そう。
リスニングに関してはシャドーイングが効果的だが、聞く内容が難し過ぎると単なる「音」としてしか頭に入ってこないので、ある程度の内容が理解できるような、自分の英語力に合ったものを使おう。
通訳に使うツールも常に見直して高機能なものを使うと、より通訳に集中できる。面倒に思わずに、積極的に新しい製品を試して、最適なツールを探そう。
情報収集や英語学習などリスキリングへのモチベーションを維持するには、常に心身の健康をキープしておくことが大切。規則正しい生活やストレス解消を心掛けて、前向きな気持ちを失わないようにしよう。
▽お話を聞いた通訳者プロフィール
Tさん
米国生まれ。英語教育/言語学を専門とし、大学卒業(修士)後、TESOL資格取得。
拠点を日本に移し、外務省で通訳講師・私立大学で言語学講師を務め、語学検定の監修なども手掛ける。
同時にフリーランスおよびインハウス通訳者としても活動、国際関係・法律・宇宙研究開発・IT・機械など幅広い領域の通訳に対応し活躍中。

ジョブメリでお仕事を探そう
語学・イベント案件に強い!
正社員・派遣社員からアルバイトまで働き方いろいろ!
あなたのキャリアプラン・ライフスタイルにあったおしごとをジョブメリで探そう
このカテゴリーのおすすめ記事



